とある教員の休日について
久々にはてなブログ書きます。
この間、転職して、高校に移りました。結構努力したんですがそれはおいておいて。
転職してもあんまり楽にはならなかったです。むしろ仕事は増える一方。それでも文化部顧問で今の時期は土日の部活がないですから楽な方です。
というわけで土日の予定を立てました。遊んでるわけにはいかないのです。
土曜日
10時起床
前日帰宅したのは10時です。毎日寝不足なんで10時間ぐらい寝させてくれ。
現在
予定を立てます。仕事と勉強をしなくてはならないので。それをこのブログに書いています。
10:30 家事、身支度、ブランチ、勉強
11:00 勉強
13:30 昼寝
14:30 仕事 テストを作ります。
17:00 夕食の準備
17:30 夕食
18:30入浴
19:00 勉強
21:00 就寝
日曜日の予定
9:00 起床 身支度 軽食 軽い運動
9:30 勉強
12:00 昼食
12:30-13:30 休憩(昼寝)
14:00 英検模試
17:00 軽い運動、夕食準備
17:30 夕食
18:30 入浴
19:00 仕事の確認、または勉強
22:00 就寝
基本仕事と勉強です。
高校の先生は勉強するのがとても大事なので基本的に余った時間は勉強しています。
今日も頑張りたいと思います。
誤読やクソリプ、炎上は国語力の低下による
こんばんは。おゆきちです。
先日、タイトルの内容を本当にライトにして、国語の勉強って大事なんだよ、と学級通信に書いたら、検閲が入って通信がボツになりました。
悔しいのでここで全世界に公開します。
お便りで書くよりもダークな感じで。
なんか、こういう検閲が厳しくなってくると、戦前みたいな感じがしてしまいます。
何を書けばいいんだよ!(怒)
教員は考えるなと言われている感じがしました。
このお便りのボツにされた部分は子供が書いた別の作品を載せて再発行するつもりです。

国語で付けていく力
国語科でつけていく一番大切な力は、正しく情報を読み取る、ということです。
これは、説明文でも物語文でも変わりません。
子供は年齢に合わせて正しい情報を読み取るためのテクニックを順々に学んでいくのです。
私は3年生を教えているので、物語文では「場面の様子」「登場人物の気持ちの移り変わり」などを教えていくことになります。
さて先日、とある教材から場面の様子を読み取っていく中で、誤読が起きました。
子どもたちがある一文に引っ張られて、完全に間違った解釈をしてしまったのです。
こういうのは、ライブで行っている授業の一番おもしろい部分で、テクニックの教えどころだと思います。
子どもたちは一つの文にとらわれず、全体の流れも理解することで正しく解釈できることを学びました。
教育は日常の実践のためにある
さて、この話を翻して、日常の情報取得場面に置き換えてみましょう。
ある一文にかみついて人間関係を壊している例はありませんか?
そう、SNSやテレビよく見られる光景です。
情報の一部に囚われて、間違えた理解をすることで、騙されたり、間違ったことを正しいと思ってしまったりすることがあります。
それは、大人でもよく起きます。
私は子どもたちの失敗を通して、保護者の皆様にも、そのことを示唆したかったのです。
なぜなら、学校は、学習したことが何の役に立つのか伝えていく役割や、正しい知識を伝搬していく役割を担っていると考えているからです。
私はそのためにいつも研究と修養に励んでいましたよ。
しかし、私の学級通信は、ボツになりました。
私の上司もまた、一つの文や言葉に囚われて保身を心配したのだということがわかってしまったので、私が残念だと思うような大人の一人なんだなとがっかりしたところです。
しかし、このご時世、みんなそうなのかもしれません。
自己を守りたい。
叩かれたくない。
仕事を失いたくない。
正直言って、今の日本には言論統制があるんです。
今回それを強く感じました。
でもね、誰かが怖いとか言って、本当に大事な教育なんかできないと思うんですよ。
私は恐れずにまた書き続けます。
ボツになったらここに書きますね。
教員にとって短い時間でも良質の睡眠を確保することは最重要項目
こんにちは。
おゆきちです。
今回は教員にとって眠ることがいかに大切なのかということについて語っていきます。
なぜって、教員は眠る時間がとても少なくなりがちなのです。
多くの教員の仕事は多すぎるので、家でも仕事をしていると思うんです。
今はまだ新学期が落ち着いたGWですから、ぼんやりたくさん寝られて天国のように幸せなんですが、評価時期や通知表前など、
「所見文書いてて睡眠時間一時間だわ」
「昨日は座ったまま寝てたよあはは」
なんていう会話が職員室内で飛び交うことでしょう。
一度無職になった身としては、
「こいつら、頭おかしいわ・・・しかもそのことに気づいてなくてやばいわ」
と思ったりするのですが。
このように、教員は睡眠不足になりやすいのです。
睡眠不足のまま学校へ行くと、大きな問題などが起きたときにうまく対処できません。だから短い時間でも深く寝て、良い睡眠を確保することは、子どもたちに丁寧に接する上でもとても大切です。

私の枕事情
私は幼い頃から不眠症気味で、眠りが安定しない人間です。そんな私の枕史を振り返ってみます。
ビーズ枕
子供の頃は、ビーズまくらを使っていました。
いつも頭にビーズがささる感覚があって、大嫌いでした。
頭が痛いことが気になって寝られないこともありましたし、家庭の事情でフラッシュバックが起きたりして寝られなかったりしました。
多分子供の頃から若干精神疾患みたいな感じ経ったんだとは思います。
家が落ち着いていることも、安眠に大切なのですよ。
だから、子供が寝られない等と言っているととても心配だなと思ってしまいます。
羽根枕
その後、祖母が布団を一組買ってくれて、羽根枕デビューしました。
羽根枕に変わってから少し眠れるようになったのですが、私の場合毒父が私の布団で寝てしまうことが多くなり、寝たいときに寝られないことが多かったです。
おそらく羽根枕は私に合う方の枕だと思っていますが、やはり環境はとても大切だと思います。
適当な枕
その後、大学生になり一人暮らしが始まりましたが、お金がないのでしばらくまくらを買うことができませんでした。
大学生の頃には不眠もアレルギーもすごく悪化してしまいましたね。
アレルギーの薬と、リーゼというマイナートランキライザーを常用するようになりました。
つまりよく寝られていなかったです。枕が大事だということも気づいていませんでした。
就職後はしばらく適当なまくらを使い続けながら、仕事で疲れすぎて少しだけ寝るという日々が続きました。
ホーマックのエアウィーヴ
結婚しようと思っていた彼氏と別れたことをきっかけにそれまで使っていた布団を捨て、ホーマックのちょっと高いスカスカしたマットレスと、セットの枕を使っていました。
それがとても寒くて寝にくかった!
北海道でスカスカしたマットレスは使いにくいです。
ついでに枕もスカスカしていたので首のあたりが寒くてやばかったです。
羽根枕
スカスカの布団で寝にくい毎日でしたが、ある事件が起きてPTSDを発症。
眠るために高い羽根枕を買いました。
うん、寝れる!!(爽快感)
それで、どこに引っ越すとしてもその羽根枕を大切に持ち歩くようになりました。
私は、「この枕さえあればそこそこ寝られる」という安心感を手に入れたのです。
ありがとう、羽根枕。
羽根枕で痛む背中や首
しかし…ある事故が更なる転機になりました。
ある冬の日、私はいつもどおりの道を通って出勤するところでした。
冬ですから道は凍結していました。
マイナス10度以下だったと思います。
私の車は4躯なので、凍った上り坂でも物ともせず登ることができます。
私の車は、あるT字路の信号がある前の坂の途中で停止しました。
この坂は、滑りやすいので、前の車もとても気をつけていて、車間もそれぞれ一台分ほど開けていました。私も一台分開けて停車しました。
バックミラーを眺めながら、信号が青に変わるのを待っていました。
すると、ものすごい勢いで近づいてくる車が見えました。
その車は止まりそうにありません。
まるでときが止まったかのように、その車が近づくのを眺めていました。
それから、本能的に、
「動くと自分も過失になりそう」
と考えていました。
その瞬間、私の車の後ろ部分は、後ろの車に追突されめちゃくちゃになっていました。
なぜか冷静になり、私は保険会社への連絡、警察への連絡など次々と済ませていきました。
気がかりなことは、首の痛みでした。
整形外科へ行くと、「頚椎捻挫」と言われました。
それから長いこと、痛みで苦しむことになりました。
夜も痛みでよく寝られません。
痛みで全く寝られない日もありました。
無理して職場へ行っていました。
悲しいことに、枕に頭をのせても、もう楽ではなくなってしまったのです。
頭をのせても、背中のあたりから引っ張られるような感覚があり、あんなによく寝られていた羽根枕は心地よくなくなってしまいました。
3ヶ月ほど、痛みに耐え、枕もそのまま使っていました。
首に合う枕を探し見つかったのが「コアラピロー」
しかし、そんな中とある事件があり、10日ほどホテルに避難したのです。
事件のことで数日眠れませんでしたが、段々と安眠できるようになってきたことに気づきました。
その話を友達の看護師さんにしたら、
「寝具じゃないですか?」
と言われたのです。
そっか、首の状態にあう枕に変えなきゃいけなかったんだな。
と気づきました。
そこで、色々調べてたどり着いたのが「コアラビロー」でした。
オーストラリアの寝具メーカーが作っている枕です。
レビューを見ると、コアラピローは、横向きで寝る人にあっているそうです。
私はいつも横向きで寝るので試してみる価値はあるかなと思いました。
しかも、100日間お試しできるらしい!
ということで早速頼んでみました。
届いてすぐ、箱から枕を取り出し、カバーを掛けてみました。もちもちふわふわしたさわり心地です。
ちょっとだけ寝心地を感じてみよう、と思ったら、そのまま寝てしまいました。
そんなわけで、GWは寝坊気味になってきています。
眠る時間が短くなりがちな教員のみなさん、横向きで寝るならコアラピローはおすすめできる枕ですよ〜!
ではでは
コロナ禍におけるリコーダー指導は無意味
こんにちは。
おゆきちです!
GWは半分仕事、半分お休みです。
土日は普通に仕事をして、月曜と火曜はお休みにしました。
今日はお休み!
今日は、町から出た
「令和3年度の感染症対策を踏まえた安全な教育活動の実施について」という通知分に基づき、現在行っている音楽教育がいかにおかしいか批判していく回にしようと思います。
いやいやもちろん、どういう対策をしているかも書きますが。
不満がたまっているのでおそらく毒舌になってしまうと思います。

感染症対策における通知文
感染症対策における通知は、
・基本的な感染症対策について
・学校の国道規準
・運動会、体育大会について
・宿泊的行事について
・参観日について
・学級懇談会の実施について
などについて書かれています。
その部分についてはまあおいておいて、通知文の最後の文に注目します。
次の活動は、「感染症対策を講じてもなお、感染のリスクが高い」ことから行わないこと。
「近距離で一斉に大きな声で話す活動」
・音楽における「室内で児童生徒が近距離で行う合唱及び、リコーダーや鍵盤ハーモニカ等の管楽器演奏」
つまり、声をそろえて音読することや、音楽に合わせて一斉に斉唱、合唱する、教室内でリコーダーや鍵盤ハーモニカを演奏するのは禁止!
ということになります。
リコーダーを吹いてはいけないのになぜ、リコーダーを買わせる?
コロナ禍において、リコーダーの学習はどうすればよいのでしょうか?
一斉に行ってはいけないので、数人ずつ演奏するというのも一つの方法です。
しかし、この方法だと、子供が技能を磨く時間は限りなく少なくなりませんか?
リコーダーの学習も、歌の指導も、全員で繰り返し演奏したり、教師の手本の後に全員で繰り返すとか、一斉で自由に練習するなどして、繰り返します。
繰り返すことで技能が定着していく、これは教育で当たり前の考え方です。
しかし、リコーダーは数人ずつしか演奏できないのです。
指を動かすだけの時間が多くなるはずです。
うちの主任も、指を動かして…と言っていました。
こうなると、荒れている学級や1年生など、指示の通りにくい状況下では、ますます音楽の授業が成り立たなくなります。
そして、なによりです。
棒や板に指をあてている行為というのは、音楽と言えるのでしょうか?
私の答えはもちろんNO!です。
コロナ禍において、リコーダーを買うことに意味はある?
私は、コロナ禍において、リコーダーを買う必要はないのでは?と考えています。
コロナ禍においてリコーダーを使うとこだわることは、リコーダーを演奏できるようになる未来があると考えていることになるのではないでしょうか。
私の考えでは、おそらく、コロナの状況はまだ続きます。
リコーダーを買うことを選択した教員は、コロナについての理解が足りないのではと思うのです。
after coronaなどと言っていたのも今は昔。with coronaですからね。
コロナ終わるって信じてるのかなみんな。
もっと上位の組織が決断してくれればよいのですが、教育委員会はいつも、ペラッペラの通知文をよこして現場に丸投げなのです。期待はしていませんが。
コロナに関して、本当は考えているのかもしれないけれど、テレビの情報を鵜呑みにしている教員は少なくないと感じます。
それでどうやって子どもたちにメディアリテラシーを育めるのでしょうか。
まあ、教員というのは、一週間のうち7日は全然余裕がないのが現実です。
コロナについて勉強する時間もないのでしょう。
学校はもともとおかしかったですが、コロナでますますおかしくなったなと思います。
リコーダーはその最たるものです。
音楽の授業を言われたとおりやるのは本当にバカバカしくて毎度腹が立っています。
It's so ridiculous!
リトミック、リズム教育が突破口
コロナ禍のせいでまともに音楽の授業をするのが難しくなった私は、音楽の技能の中でも「リズム」「鑑賞」などに力を入れることにしました。
なぜわたしが音楽の授業のことをこんなに考えているか?
というのも、音楽や図工、体育などのいわゆる芸体系教科は、子供たちの息抜きの時間でもあるからなのです。
私は3年生を持っているのですが、3年生くらいの子供、特に男子は大きな声を出すのが大好きです。
彼らはパワーが有り余っていて、国語や算数などで元気よく発表しても、休み時間思い切りサッカーやドッジボールをしても、まだパワーが余っている状態なのです。
音楽で大きな声を出し、そのコントロール方法を教えてあげることは、音楽でとても大事な学習だと思っていましたから、それができないのはとても残念な状況です。
しかしそこで腐っていても仕方がないので、私はリトミックを中心にした、リズムや鑑賞の力を鍛えることにしました。
では実際の流れを記録しておきます。
- 歌を聞き、鑑賞する。
- 歌のメロディーを鼻歌で歌う。
- 歌のリズムを手拍子や足踏みで表す
- 広い部屋に行き、曲のリズムに合わせて体を動かす
1.歌を聞き、鑑賞する
これは普通に音楽を聞かせるだけです。
「面白い曲だね」
「優しい曲だね」
などと話し合います。
2.歌のメロディーを鼻歌で歌う。
鼻歌は飛沫が飛ばないわ!
と気づいた自分が天才だと思いました。
ただ鼻詰まっている子は鼻歌できないのでちょっと困りますが…
3.詩のリズムを手拍子や足踏みで表す
手拍子までは教室でできました。
ただ足踏みは他のクラスに怒られました。
音楽室などちょっと離れた広い部屋を確保しておく必要があるかもしれません。
4.広い部屋に行き、曲のリズムに合わせて体を動かす
広い部屋で音楽を流しながら、曲のリズムに合わせて体を動かします。
技能の評価は、リズムにあう手拍子や足踏み、ステップを踏めているか見ます。
走っていたとしても、四分休符のときは足を止めたりしているか、などを見ると評価できると思います。
創意工夫の評価は、体の動きを工夫して、リズムに合わせてオリジナリティを出しているかどうかで評価します。なにかやっていればB、オリジナルなものはAという感じですね。
学習指導要領変わったので、評価の観点が正しいか怪しいけど、今の音楽はこんな感じで考えてやっています。
ではではまた。
次はいつ更新できるかなあ。
*1:棒=リコーダー
板=鍵盤ハーモニカ
新学期に家庭で行うと良いこと

今日は早く寝られそうな、おゆきちです。
学校では来週半ばの始業式、入学式のために準備を進め、子どもたちに会うのを楽しみにしています。
学校では一年間がより良く過ごせるように下準備をしますが、ご家庭ではどんなことができるかな?
と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
実は、この時期はご家庭での生活習慣を整えるのにとても良い時期なのです。
習慣化の見直し、習慣の立て直しは新学期に行いましょう!
習慣にすると良いものは何でしょうか?
学校では各学校の子どもたちの実態に合わせて、様々に目的を定めて「宿題」を出しています。
わが校では、「習慣づけ」を目的に宿題を出します。
これは、「一日に一回は机に向かう」
というものです。
しかし、これでは習慣をしっかり身につける方法論として弱いと私は考えます。
自分のクラスの保護者児童には、もっと具体的に学習習慣を身につける方法を伝えていくつもりです。
一日一回、机に向かう、だけだと、夜寝る前ギリギリでもOKだし、学校へ行く直前でも良い、となってしまいます。
このように、生活リズムを崩してまで、机に向かうことが正しいという拡大解釈ができるようになってしまうのです。
そこで、私は「IF THEN ルール」と組み合わせることを伝えていきたいと思います。
「学校から帰ったら、
①手を洗う
②お便りを入れているファイルを出す
(親がいなくてもあとから見れるように場所を作るなどシステムを作るのがおすすめ)
③宿題をやる
④宿題をしまう
⑤明日の道具を入れる
⑥自由に遊べる
というように具体的に作っていきます。
これは学年によって変わるかもしれません。
低学年なら、親が宿題にマルをつけるので、お便りと一緒に取り組んだ宿題をおいておくということもあるかもしれないですし。
親が見るのは難しいこともあるかもしれませんが、流れを作ってあげることで、
習慣の作り方を知るということを目標にしています。
もちろん一人で全てをやり遂げるのは難しいこともあるので、そういうときは親が一緒にやってあげます。
うまくできなかった時は、決して、怒鳴らないでほしい。
「じゃあいっしょにやろっか」と淡々とやってほしい。
できたときは「できたね」と認めてほしい。
また、新しい習慣の完全な自動化は8週間かかると言われていますから、学校では、学校のお便りや参観日のときなど、一学期いっぱいかけて伝えていきます。
更に夏休みあけ、冬休み明けにも二ヶ月くらいは習慣化が崩れないように呼びかけていきます。
こんなふうに、習慣化の見直し、立て直しをしてみると、他の習慣も身につけやすくなりますよ。
人間って、やることをちゃんと決めて、ボーッとする時間まで決めちゃっておいたほうが、充実して過ごせることが多いらしいんですよね。
小学校時代に「習慣化」の方法をしっかり覚えておけば、中学校、高校、大学、社会人でも時間を効率的に使って受験勉強したり、資格取得したりできると思うので、宿題をうまく利用してくれたらいいな〜と思います。
ではでは。
4月第一週週末の作業
主任に
「教科書持って帰らなくていいよ!」
と言われたおゆきちです。
確かに打ち合わせやったから一週目の授業は見通せてる。
あとは持っていきかただと思うんだけどね…

そんな私が今週末やる作業は2つ!
CDをPCに落とす
学級通信
です。
CDをPCに落とす
学校PCか自分のPCにCDのデータを移します。
理由は持っている製品の中で一番容量があり、個人的なものが一つも入っていないから。
子供にも触らせられるくらいです。
iPodに入れたあとは、前から持っているsonyのスピーカーとつないで音を流そうと思っています。
昨日は学校でデータを移していましたが、
学校でやってたらタイトルが出なかったけど、なぜか今入れてるやつはタイトルが出る…なぜ?
もう一度最初から入れ直ししてます。
そうそう、昨日は若い先生が学校のPCにiTunesを入れようとしてたけど入らなくて困っていました。
調べてみたら、ページがわかりにくくなっていたみたいです。
普段mac勢なので、windowsのことはさほど詳しくないのですが、わからないとなると頑張って調べたくなってしまいますね〜
。
私はBluetoothのようなものを駆使して授業したほうが授業中にラグが起きにくくなるので良いと考えています。
CDなら
「32番をならします」
カチカチカチカチ
子供「・・・・・(おしゃべりしはじめる)」
となりますからね。
Bluetoothなら、
「32番ピッ!」
「♪〜」
子供にしゃべる隙なんてなくなります。
しかしながらなぜかCDからの脱却がなかなかできない学校組織。
今は過渡期だと思うんですよね。
近隣の学校では、先生方全員にiPadが配られて、スピーカーも配られて、と私が自作でやっている環境を整えてくれているところもあるようなんですが、根強いCD派がいるので。
iPodみたいなな機器を使って楽に操作できる快適さをアピールしていくしかないですよね。
カネがかかる〜
学級通信
学級通信についても、本当はメール配信したらいいのに、というのが本音です。
ですが、紙を配るという伝統が続けられている限り、手書きの通信も出そうと思っています。
学級通信は先生の個性を出せる場でもあると思うので。
今回は、わがまちに来る野鳥の絵を挿絵として書いていきたいなと思っています。
第一号は白鳥です。
子どもたちに会うのが楽しみですね〜。
それでは学級準備作業を頑張っていこうと思います。
ではでは。
教員は言葉だけで語るな

学級通信タイトル画像を作成してみました。
もちろんタイトルは別のものです。
このブログ風に変えてみました。
簡単そうな絵に見えるかもしれませんが、私としては深い意味をもたせたつもりです。
- ハレとケ
- 太陽か月
- 夜明けと真夜中と昼間
- 星
ハレとケ
最近、日本文化や日本のしきたりを見直さねばと思い、古事記などを読み始めました。
昔は漫画で読んだ古事記なので、物語の内容自体はなんとなく知っていますが、理解は浅いと思うのです。
そして、白文を読みすすめるのに骨を折っています。
でも何年かかけてでも読んでいきたいです。
今までに学んだことで言えることは、
日本人はハレとケのバランスを大切にしてきたけど、今はそのバランスが崩れてしまっているということです。
たしかに日常である「ケ」は大切で、淡々と大事なことをこなし続けるのも大切ですが、人間は同じことばかりしているとダレてきます。
そこで大切なのが「ハレ」です。ハレの日があることで、心身ともにリフレッシュし、また繰返しの日常をこなしていくことができるのです。
だから、色の濃淡はハレとケを表しました。
太陽、月
ここは私が子供をどう見ていきたいかという姿勢を表しました。
太陽か月かというと、私は月のようにしっとり見守っていくスタイルの教育が得意です。
タイトルの色を月として表してみました。
夜明け、真夜中、昼間
真夜中を中心にして、夜明けと昼間を表しました。
ここは、日は必ず明けるという希望です。
コロナ禍の希望は子どもたちである、ということを表しました。
星
子どもたちが好きな星を散りばめました。
以前このクラスに図工で補欠に入った際、「星の形に切って」と私にお願いしていた子供を思い出したためです。
真夜中でも、星はキラキラしています。
子どもたちはどんなときでもキラキラしています。
日本人が取り戻してほしい日本文化
かつて、日本では、子供は「神の子」とされ、大切にされてきました。
しかし、今ではどうでしょうか。
親が子供を虐待してしまったり、もっとひどいことをしてしまったりと、現代の親子は大切な芯のようなものを失い、混乱をしたまま子育てをする親が少なくないように感じます。
それは私達の親の親世代くらいから起きていると思うのです。
改めて日本人は、日本文化を取り戻し、子供は神の子、ありのままですばらしい、というように考えていた精神を取り戻してほしいなと思っています。
言葉をすごく大事にして子どもたちに語る
教員は言葉でだらだらと語るのが好きな人が多いです。
私もそういう傾向がないとは言えません。
だからこんなところでながながと書き綴っています。
ただ、言葉ばっかりで、中身が伴っていない人もたくさんいるのです。
若い頃の私はそうでした。
言葉を扱うのはかんたんです。
母国語というのは軽々しく素晴らしいことを言えるけれど、素晴らしいことを体現するのは難しいと思います。
だから、日本語で語る内容というのは大切にしなくちゃいけない。
だから、考えていることを日本語以外のもので表してみる。
そうすると自分の本質みたいなものを少しだけ客観視できる気がしています。
日本語以外のことで語るには、物事をちゃんと理解していないとできないのです。
表し方はいくつかあります。
今回は子どもたちに伝えたいことを絵で表してみましたが、絵だけでなく、背中で語ることも、音楽で語ることもできると思います。
心から理解しているから、きっと伝わる可能性も高くなると思うんです。